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NO. 00001343 DATE 2019 12 15

形象と時間 : 美的時間論序説 の読書会ページ

形象と時間 : 美的時間論序説(9784061593183)

形象と時間 : 美的時間論序説

著者:谷川渥/著

出版社:講談社 (1998-02)

ISBN-10:4061593188

ISBN-13:9784061593183

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気になるフレーズの投稿一覧

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P.16 の気になるフレーズ

「日」と「夜」とを一緒にして「一日」とする観念は、本来存在しなかったのだ。したがって、まったく異質な時間である「日」と「夜」との交代するその境界の時間が、かつて柳田國男が『妖怪談義』(一九三〇年)において論じたように、「タソガレ」(誰そ彼)、「カハタレ」(彼は誰)と呼ばれ、人顔の明瞭ならざるその刻限にまさに妖怪が出没すると考えられたのは故なきことではない。

総コメント数:2 投稿日時:2019-07-27 18:40:00

P.17 の気になるフレーズ

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。……」(『方丈記』一二一二年)。

総コメント数:1 投稿日時:2019-07-27 18:44:04

P.22 の気になるフレーズ

こうした事実と相俟って顕著になってきたものが「ものを縮める」という強迫観念にも似た傾向であった。E·A·ポオが一八三〇年に「短篇小説」という形式を創出した背景には、季刊、月刊、日刊などの定期刊行物の普及という社会的事実があった。雑誌や新聞に掲載される読み物は、必然的に短くなければならなかったのだ。

総コメント数:1 投稿日時:2019-07-27 18:50:31

P.24 の気になるフレーズ

感性的=美的なものの領域において、時間はいかなる役割を演じうるだろうか。

総コメント数:2 投稿日時:2019-07-27 18:57:06

P.33 の気になるフレーズ

 幸田露伴に『骨董』という小品がある。大正十五年(一九二六年)に発表されたものだが、骨董の語源から始まって、骨董趣味にまつわる欺しあいや人殺しや自殺などのすさまじい逸話が披瀝されている。

総コメント数:1 投稿日時:2019-07-27 19:12:52

P.35 の気になるフレーズ

彼はさらにトルストイの『クロイツェル·ソナタ』の主人公の「一見奇矯と思はれる近代音楽に対する毒舌」が、「非常に鋭くて正しい作者の感受性」に裏付けられている、と筆を進める。音楽会で『クロイツェル·ソナタ』が演奏されるのを聞いた聴衆は、「わけの解らぬ行為を挑発するわけの解らぬ力」を受けながら、しかも行為を禁止されて椅子に釘づけになっている。行為をもって表現されないエネルギーは、彼らの頭脳を芸術鑑賞という美名のもとに、あらゆる空虚な妄想で満たすというのである。

総コメント数:1 投稿日時:2019-07-28 10:43:54

P.66 の気になるフレーズ

  夏草や兵どもが夢の跡
(中略)
P68
この句は、眼前に青々と茂る「夏草」の現前的イマージュから、「兵どもが夢」という不在の深みのなかに一瞬落ちこみ、そしてまた「跡」という言葉によって、現在のこの場所、いま·ここに立ち戻って来る、という意識の運動を喚起するのである。現前から不在へ、不在から現前へと移行することによって、この句は、それ自体が回帰する時間を構造として有しているといってもいいであろう。

総コメント数:2 投稿日時:2019-08-04 19:03:24

P.71 の気になるフレーズ

いや、むしろ、「芸術は、われわれがこれを人工であると知りながら、にもかかわらずわれわれに自然であるかのように見える場合にのみ美と称せられる」(『判断力批判』四五節)

総コメント数:1 投稿日時:2019-08-04 19:18:57

P.76 の気になるフレーズ

シャトーブリアンによれば、「時の仕業」としての廃墟にはなんら不快なところがない。なぜならそこには長年にわたる自然の作用があって、建物の残骸には花が咲き、墓には鳩が巣をつくっているからである。自然はたえず再生しながら、死を生の最も甘美な幻想で取り囲むのだ。これに対して「人間の仕業」としての廃墟は、廃墟というよりはむしろ損害であって、それが呈示しているのは虚無の形姿(イマージュ)でしかなく、回復力をもっていない。歳月の仕業ではなく不幸の仕業であるから、それは青年の頭にある白髪みたいなものだ。人間による破壊は、歳月による破壊よりもずっと暴力的で完璧なのだ。

総コメント数:2 投稿日時:2019-08-04 19:31:11

P.88 の気になるフレーズ

 モンス·デジデリオは、廃墟が必然的に孕ませる始原と終末とへのパトスのうち、ひたすら終末へのそれを、しかも「崩壊する建築」という「幻想構図」のかたちで幻視しえた、まことに特権的な画家であったのだ。(中略)モンス·デジデリオの廃墟画がひときわ異彩を放っているのは、そこに描かれた建物が純粋に想像によるもの、まさにホッケのいうように「夢の幻想的な譫妄性─性格」をもつものであるという点である。

総コメント数:2 投稿日時:2019-08-06 10:11:36

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